はじめに
フーリエ級数展開(Fourier series expansion、以下「フーリエ展開」と呼ぶ)というのは、ある関数 $f(x)$ を、以下のように三角関数の重ねあわせで表現する級数展開だ。\[
\begin{align}
f(x) = \frac{a_0}{2} + \sum^{\infty}_{k = 1} \left( a_k \cos k x + b_k \sin k x \right)
\label{eq:fourier}
\end{align}
\]ここで、 $a_k$ や $b_k$ は $f(x)$ によって決まる定数で、\[
\begin{align}
a_k = \frac{1}{\pi} \int ^ \pi _{- \pi} f(x) \cos kx \ \d x
\label{eq:a_k}
\\
b_k = \frac{1}{\pi} \int ^ \pi _{- \pi} f(x) \sin kx \ \d x
\label{eq:b_k}
\end{align}
\]のように計算できる。
ここではフーリエ展開がどのようなものかについてはとくに説明しない。フーリエ展開についてまったく知らない、という人は、例えばこのリンク(フーリエ級数の基本 - EMANの物理数学)などが参考になるだろう。
この記事では、フーリエ展開をする際の展開係数 $a_k$ や $b_k$ の求め方に注目する。式\eqref{eq:a_k}や\eqref{eq:b_k}を見てほしい。なぜこの計算で展開係数が求められるか自分なりに説明できるだろうか? この記事は、今はそれができないがなんとか理解したいという人のためのものだ。
結論から言おう。フーリエ展開は、ベクトルの展開と同じように捉えることで簡単に理解できる。もっと正確に言うと、直交関数系での展開のひとつだ。今はまだこの文の意味がわからなくても構わない。この記事を読んだ後ならば、これらの言葉もすんなりと理解できるようになるはずだ。
そのためには、まずベクトルのおさらいからはじめる。その後で、ベクトルに対して行った議論が関数の場合にも可能であることを見る。そこまで終われば話は簡単で、最後にフーリエ展開の係数の求め方が理解できたことをさくっと確認する。
イントロのまとめ:
- 話さないこと:フーリエ展開とは何か
- 話すこと:展開係数を求め方をどう理解すればよいか
- フーリエ展開はベクトルの展開と同じように理解できる
- キーワードは、「直交関数系」
ベクトルのおさらい
フーリエ展開がベクトルの展開と同じように捉えられる、ということを先ほど言った。それを検証するために、まずはベクトルについてざっとおさらいしよう。ベクトルの内積からはじめ、ベクトルの展開とはどんなものだったのかまでを見ていく。
ベクトルの展開
直交座標内の成分で表された $n$ 次元のベクトルを考える。\[
\begin{align*}
\U = \left( \begin{array}{c}
U_1
\\
U_2
\\
\vdots
\\
U_n
\end{array} \right)
\end{align*}
\]これは「数のカタマリ」とでも呼ぶべきもので、複数(この場合は $n$ 個)の数が集まってはじめてひとつの存在を表すことができる。
このベクトルを、正規直交基底(orthonormal basis)の和の形で展開して書くことを考えよう。「正規」とは長さが1であること、「直交」とは文字通り他の基底と直交していること、「基底」とはベクトルを分解するときの基本となるベクトルのことをそれぞれ意味している。
ベクトルの組 $\{ \e_i \}$ が正規直交基底であるための条件を式で書くと、\[
\begin{align}
\e_k \cdot \e_l = \delta_{kl} = \left\{ \begin{array}{cc}
1 & (k = l)
\\
0 & (k \neq l)
\end{array} \right.
\end{align}
\]となる。ここで、 $\delta_{kl}$ は「クロネッカーのデルタ」と呼ばれているもので、添字の $k$ と $l$ が等しいときだけ1で、それ以外のときは0となるようなものをまとめて書いたものだ*1。
さて、ベクトル $\U$ を正規直交基底 $\{ e_i \}$ で展開した形は\[
\begin{align}
\U = U_1 \e_1 + U_2 \e_2 + \cdots + U_n \e_n = \sum_{k = 1}^n U_k \e_k
\end{align}
\]のようになる。われわれが普段「ベクトルの成分表示」と呼んでいるものは、これらの展開係数を番号順に並べて書いたものだということである。
またこのとき、展開したときの $k$ 番目の成分は\[
\begin{align}
U_k = \U \cdot \e_k
\end{align}
\]と計算できる。なぜなら\[
\begin{align*}
\U \cdot \e_k &= \left( U_1 \e_1 + U_2 \e_2 + \cdots + U_k \e_k + \cdots + U_n \e_n \right) \cdot \e_k
\\
&= U_1 \e_1 \cdot \e_k + U_2 \e_2 \cdot \e_k + \cdots U_k \e_k \cdot \e_k + \cdots + U_n \e_n \cdot \e_k
\end{align*}
\]であるが、正規直交性から $\e_k \cdot \e_k$ を含む項だけが生き残り、かつ $\e_k \cdot \e_k = 1$ なので、結局上の式は\[
\U \cdot \e_k = U_k \e_k \cdot \e_k = U_k
\]ということになる。
すなわち、任意のベクトルは正規直交基底を使って\[
\begin{align}
\U = \sum_{k=1}^n (U_k) \e_k = \sum_{k=1}^n (\U \cdot \e_k) \e_k
\end{align}
\]のように展開できることがわかる。
ベクトルの内積
同じように、直交座標内の成分で表されたふたつの $n$ 次元ベクトル\[
\U = \left( \begin{array}{c}
U_1
\\
U_2
\\
\vdots
\\
U_n
\end{array} \right)
, \
\V = \left( \begin{array}{c}
V_1
\\
V_2
\\
\vdots
\\
V_n
\end{array} \right)
\]の内積は、\[
\begin{align}
\U \cdot \V &=
\left( U_1 \e_1 + U_2 \e_2 + \cdots + U_n \e_n \right) \cdot
\left( V_1 \e_1 + V_2 \e_2 + \cdots + V_n \e_n \right)
\nonumber
\\
&= U_1 \e_1 \cdot \left( V_1 \e_1 + V_2 \e_2 + \cdots + V_n \e_n \right)
\nonumber
\\
&\ \ + U_2 \e_2 \cdot \left( V_1 \e_1 + V_2 \e_2 + \cdots + V_n \e_n \right)
\nonumber
\\
&\ \ \ \ + \cdots
\label{eq:inpro_nonorth}
\\
&\ \ \ \ \ \ + U_n \e_n \cdot \left( V_1 \e_1 + V_2 \e_2 + \cdots + V_n \e_n \right)
\nonumber
\\
&= U_1 V_1 + U_2 V_2 + \cdots + U_n V_n
\nonumber
\\
&= \sum_{k=1}^n U_k V_k
\end{align}
\]と計算できる。ベクトルを正規直交基底で展開しているおかげで項の数が $n^2$ 個から $n$ 個にまで減ってくれた。この場合、内積とは「2つのベクトルの対応する成分を掛けあわせて和を取る操作」とみなすことができる。それを図形的に表すと、以下のようになる。
もしこれが正規直交基底でなければ $U_1 \e_1 \cdot V_2 \e_2$ などの余計な項を消せず、式\eqref{eq:inpro_nonorth}から一歩も進めなかったところだ。ともあれ、よく知っているベクトルの成分表示の内積は、基底に正規直交性をもったものを選ばないと得られないということはわかっていただいたと思う。ベクトルの内積について、詳しくはこちらを参照: blog.physips.com
この節のまとめ:
- ベクトルは成分で書くと、「数のカタマリ」のようにみなすことができる
- ベクトルを正規直交基底で展開すると、ベクトルは $\U = \sum_{k=1}^n (\U \cdot \e_k) \e_k$ のように「展開」できる
- ベクトルを正規直交基底で展開すると、内積は $\U \cdot \V = \sum_{k=1}^n U_k V_k$ のように計算できる
関数の内積・直交
前までの節で、ベクトルの内積と、成分の求め方について復習した。この節では、ベクトルのときに行ったものとまったく同じ議論が関数の場合にも成り立つことを見ていく。まずは、関数とベクトルが非常に似ているものであるというところから見ていこう。そこを理解しさえしてしまえば、あとはまさしくベクトルと同じ議論で進んでいける。
関数はベクトル?
前節で成分で表されたベクトルを説明するために、「数のカタマリ」という言葉を使った。しかし、数が並んだカタマリというのは、何もベクトルだけではない。関数 $f(x)$ だって、いろいろな $x$ に対して数が並んだカタマリだということができるのではないだろうか?
実際にいろいろな $x$ の値について $f(x)$ の値を書いていくと、いろいろな $k$ (成分)の値について数字が並んでいるベクトルと驚くほど似ている。
あるベクトル $\U$ の場合:
$k$ | 1 | 2 | 3 | 4 | $\cdots$ |
$U_k$ | 5 | 3 | -4 | 8 | $\cdots$ |
ある関数 $f(x)$ の場合:
$x$ | 0 | 0.1 | 0.2 | 0.3 | $\cdots$ |
$f(x)$ | 3 | 3.2 | 3.4 | 3.6 | $\cdots$ |
違いといえば、ベクトルの成分は自然数もしくは整数だが、関数の場合はそれが実数に拡張されている、というくらいだろう。また、上の表では0.1区切りで関数の値を書いていったが、本当は$x$の刻みは0.01、0.001、...、と限りなく小さくしていかなければいけない。そこで、下図のように、関数の曲線はさまざまな $x$ に対応した点 $f(x)$ の集まりだと考えるのだ。
その場合、関数が有限の区間(たとえば-1から1まで、とか)で定義されていたとしても、その「成分」の数は無限個になる。つまり、関数は無限次元のベクトルと考えることができるということになる。
関数の内積
関数は無限次元のベクトルと考えられるので、もちろん内積が定義できる。内積とは、「2つの数のカタマリの対応する部分を掛けあわせて、和を取る」という操作だった。先ほど関数とベクトルの類似性を見たときと同様に、関数 $f$ を点の集まりとみなし、点の数をどんどん大きくしていこう。その点にそれぞれ $f_1, \ f_2, \ f_3, \ \cdots$ と番号をつけていく。 $g$ についても同様だ。するとどうだろう、関数 $f$ と $g$ の「内積」は\[
\begin{align*}
f_1 g_1 + f_2 g_2 + f_3 g_3 + \cdots = \sum_{k = 1} ^ \infty f_k g_k
\end{align*}
\]のような形で書けそうだということがわかる。
しかし、残念ながらこれでは不十分だ。見ての通りこれは無限個の項の和で、このままだとほとんどの場合で和が発散してしまう。
この発散を抑えるために、便宜上関数を区切ったときの幅 $\Delta x_k = x_{k + 1} - x_k$ をそれぞれの項に掛けてやろう( $x_k$ は $f_k$ や $g_k$ に対応する $x$ の値)。この区切りをいくらでも細かく取れば各項をいくらでも細かくでき、和の発散が抑えられそうだ、というアイディアだ。
あえてこれを図形的に書くならば、関数を短冊で区切り、対応する部分と $\Delta x_k$ を掛け、足し合わせていくような感じになる。下の図から、関数の内積は、 $\Delta x$ の部分を除いてベクトルの内積によく似ていることがわかるだろう。
これらを踏まえると、関数の内積は\[
\begin{align}
\inpro{f(x)}{g(x)} &= f_1 g_1 \Delta x_1 + f_2 g_2 \Delta x_2 + f_3 g_3 \Delta x_3 \cdots
\nonumber
\\
&= \lim_{n \rightarrow \infty} \sum_{k = 1}^n f_k g_k \Delta x_k
\nonumber
\\
&= \int_a^b f(x) g(x) \ \d x
\end{align}
\]というように、関数の積の積分の形に書くことができる。成分が自然数であったベクトルでは総和だったところが、実数上に定義されている関数の場合は積分に置き換わっている。積分とは総和の実数版のようなものだったので、これはイメージによく合う。
ここで $[a, \ b]$ は考えている関数の範囲だが、この積分区間は問題によって(「関数の内積」の定義によって)変わる。この記事の後のほうで具体例を扱うので、そのときに積分区間について説明することにする。
ところで $f$ と $g$ の内積を $f \cdot g$ではなく$\inpro{f}{g}$ と書いたが、これも内積を意味している。ただ単に、ベクトル以外のものでも「 $\cdot$ 」を内積の意味ということにしてしまうと、ただの掛算と見分けがつかなくなるから書き方を変えたという程度のものだ。数学よりの議論ではよくこの表記が使われるので、それに慣れてもらう意味でも使ってみた*2。
ちなみに、量子力学を学んだ人なら気づいたと思うが、 $\left< \psi | \phi \right>$ も内積を意味している。ブラケットの掛算の定義をもう一度よく見てみよう。ここで議論した関数の内積を複素数に拡張したような形になっていると思う*3。量子力学を関数風に表したシュレディンガーと行列風に表したハイゼンベルグ、どちらの理論も同じ物理的意味を持っているのだった。つまり、量子力学はこの「関数の内積」といった概念をガンガン使っているということになる。
関数の直交
関数に内積が定義できたので、もちろん「直交」という概念も持ち込むことができる。これは図形的というよりも、まさにベクトルの場合から言葉を借りてきただけのようなものだ。
察しがついているかもしれないが、2つの関数が直交しているというのは、\[
\begin{align*}
\inpro{f}{g} = 0
\end{align*}
\]と、互いの内積がゼロになっている場合のことをいう。
もちろん関数の場合にも正規直交基底というものがある。 $k$ 番目の基底を $h_k$ などと書くと(これももちろん関数だ)、これらはベクトルのときと同様に正規性直交性\[
\begin{align*}
\inpro{h_k}{h_l} = \delta_{kl}
\end{align*}
\]を満たしていなければならない。関数の場合とくにこれを満たす関数の集まりを「正規直交関数系」と呼ぶ。
関数を正規直交関数系で「展開」してみるとどうなるだろうか? ここでもベクトルのときとまったく同じ話が適用できて、ある関数 $f$ が $n$ 個の基底で展開できるとすると、\[
\begin{align*}
f = \sum_{k = 1} ^n \inpro{f}{h_k} h_k
\end{align*}
\]のように書ける。
この節のまとめ:
- 関数は無限次元のベクトルとみなせる
- 関数の内積は、 $\inpro{f}{g} = \int_a^b f(x) g(x) \d x$ のように書ける
- 関数 $f$ が正規直交関数系 $\{ h_i \}$ で展開できるとすると、ベクトルのときと同様に $f = \sum_{k=1}^n \inpro{f}{h_k} h_k$ となる
フーリエ級数展開
ここまでの話を理解できたなら、ある程度この先は予想できるはずだ。そう、フーリエ展開は先ほど書いた正規直交関数系で関数を展開した例のひとつなのである。
このときの基底とはなんだろうか? それは、 $\sin$ や $\cos$ などの三角関数である。つまり、フーリエ展開とは、三角関数という正規直交関数系を使った展開ということだ。
フーリエ級数展開の場合の内積の定義
話を具体的にしていこう。三角関数の正規直交性を考えるためには、内積の定義をもう少し明確にしてやる必要がある。先程は積分区間を曖昧にしたまま話を進めてしまっていたのであった。
基底としていろいろな波長の三角関数を使いたいので、考えているすべての波がぴったり整数個おさまるように区間を決めるとスマートだろう。これはただ単に「きれいだから」という以上に、基底の直交性にとって重要な意味を持つ。この点については後で詳しく見ていく。
すべての波がぴったり整数個おさまるためには、最も大きい波の波長に合わせて区間の全長を $2 \pi$ にとればよい。そこで、区間を $- \pi$ から $\pi$ でとることにしよう。なぜ $0$ から $2 \pi$ でないのかと言うと、原点に対して対称な区間をとったほうがあとで偶関数や奇関数の議論をしやすいからだ(この記事ではしないけど)。
本当は区間の全長が $2 \pi$ ならなんでもよく、例えば $\sqrt{2}$ から $\sqrt{2} + 2 \pi$ なんてひねくれた取りかたをしても構わないが、あとで計算をするときに苦労することになるだろう。
というわけで、早速三角関数の正規直交性を見ていこう。例えば、 $\inpro{\cos x}{\sin x} = 0$ や $\inpro{\cos x}{\cos x} = 1$ を満たしているかチェックする。
内積の定義をひとまず $\inpro{f}{g} = \int_{-\pi}^{\pi}fg \ \d x$ として、ひとつめから計算していこう。\[
\begin{align*}
\int_{-\pi}^{\pi} \cos x \sin x \ \d x &= \int_{-\pi}^{\pi} \frac{1}{2} \sin 2 x \ \d x
\\
&= \left[ - \frac{1}{4} \cos 2 x \right]_{-\pi}^{\pi}
\\
&= 0
\end{align*}
\]うん、いい感じだ。ここで、積分区間の長さを $2 \pi$ になるようにとったことがいきてくる。例えば区間を $[-\pi, \ (1 / 3) \pi]$ のようにとってしまった場合、この積分計算はゼロとならない(しかし、 $[\sqrt{2}, \ \sqrt{2} + 2 \pi]$ のときはゼロとなる)。
ふたつめは、\[
\begin{align*}
\int_{-\pi}^{\pi} \cos x \cos x \ \d x &= \int_{\pi}^{\pi} \frac{1}{2} \left[ \cos 2 x + 1 \right] \ \d x
\\
&= \left[ \frac{1}{4} \sin 2 x + \frac{x}{2} \right]_{-\pi}^{\pi}
\\
&= \pi
\end{align*}
\]となる。……おや? 1になってほしかったのに $\pi$ が出てきてしまった。これでは $\cos x$ が「正規」直交基底であることが言えなくなってしまう。
仕方ないので、内積の定義をいじることにする。内積を、\[
\begin{align}
\inpro{f}{g} = \frac{1}{\pi} \int_{- \pi}^{\pi} f g \ \d x
\end{align}
\]のように定義してやればよいだろう。単に $\pi$ を打ち消すように、積分を $1 / \pi$ 倍しただけだ。
そんなことを勝手にしていいのか、と思うかもしれない。しかし、実は内積は交換法則や線形性などの基本的な性質を満たしていればどのような定義でもよい。そして、もちろん積分を定数倍したところでそれらの性質は失われないため、結果オーライというわけだ。
積分区間に自由度があるのもそういった理由からである。すなわち、内積の定義はある程度都合がいいように(今回の場合は考えている基底で正規直交性を満たすように)決めてやればいい、ということになる*4。ただし、一度内積の定義を決めたのなら、同じ問題では同じ定義を使わなければいけないことに注意しておこう。
さて、内積の定義も無事クリアーになったところで、三角関数の正規直交性について考えていこう。高校数学を駆使すればできる計算なので過程は省略するが、 $k$ や $l$ を正の整数として、\[
\begin{align}
\inpro{\cos k x}{\cos l x} &= \frac{1}{\pi} \int_{-\pi}^{\pi} \cos k x \cos l x \ \d x = \delta_{kl}
\\
\inpro{\sin k x}{\sin l x} &= \frac{1}{\pi} \int_{-\pi}^{\pi} \sin k x \sin l x \ \d x = \delta_{kl}
\\
\inpro{\cos k x}{\sin l x} &= \frac{1}{\pi} \int_{-\pi}^{\pi} \cos k x \sin l x \ \d x = 0
\end{align}
\]となり、無事に $\{ \cos i x \}$ や $\{ \sin i x \}$ は正規直交基底となっていることがわかる。
$k$ や $l$ がゼロのときはどうか。 $\sin 0 = 0$ はフーリエ展開にまったく影響を及ぼさないので問題ない。$\cos 0 = 1$ (定数関数)はフーリエ展開に必要な基底だ。試しに $f = \cos x + 3$ のような関数をフーリエ展開することを考えれば、定数関数の必要性は明らかだろう。 $\sin$ や $\cos$ は平均がゼロであるため、それらをいくら足しあわせても $y$ 方向にシフトする働きをしてくれないのだ。
ただ、 $\cos 0 = 1$ は他の基底と直交しているが正規基底にはなっていない。簡単な計算で、 $\inpro{\cos 0}{\cos 0} = 2$ がわかるだろう。そのかわり、式\eqref{eq:fourier}ではゼロ番めの係数のところを $a_0 / 2$ としてバランスをとっているのだ。
これら三角関数の直交性は重要な計算なので、ぜひ自分で手を動かして確かめてみてほしい。倍角・半角や積和・和積の公式などを使う。
展開係数の求め方
ここまでくればあとは簡単だ。もはや説明の必要すらないかもしれないが、せっかくなので書いておこう。
関数がある直交関数系 $\{ h_i \}$ で展開できるとき、\[
\begin{align*}
f = \sum_k^n c_k h_k
\\
c_k = \inpro{f}{h_k}
\end{align*}
\]となるのであった(下の式との対比のためあえて展開係数 $c_k$ を使って式を分けている)。
フーリエ展開の場合は、\[
\begin{align}
f(x) &= \frac{a_0}{2} + \sum_{k = 1}^{\infty} (a_k \cos kx + b_k \sin kx)
\end{align}
\]であったので、\[
\begin{align}
a_k &= \inpro{f}{\cos kx} = \frac{1}{\pi} \int_{-\pi}^{\pi} f(x) \cos kx \ \d x
\\
b_k &= \inpro{f}{\sin kx} = \frac{1}{\pi} \int_{-\pi}^{\pi} f(x) \sin kx \ \d x
\end{align}
\]となる。最後だけあっけなかったかもしれないが、これが理解したかった式だ。しかし、これがあっけなく理解できたのは、それに至る道すじをひとつひとつきちんと理解してきたからに他ならない。
ただ、あまりにもあっけなくて申し訳ないので、これで本当に展開係数が求められているか確認してみよう。\[
\begin{align}
\inpro{f}{\cos kx} &=
\inpro{\frac{a_0}{2} + \sum_{l=1}^{\infty}(a_l \cos l x + b_k \sin l x)}{\cos kx}
\nonumber
\\
&= \inpro{\frac{a_0}{2}}{\cos kx} + \cdots + \inpro{a_k \cos kx}{\cos kx} + \cdots \nonumber \\
&\ \ \ \ + \inpro{b_1 \sin x}{\cos kx} + \cdots
\nonumber
\\
&= a_k
\nonumber
\end{align}
\]と、めでたく $a_k$ が求まる。一行目から二行目にいくために内積の分配法則 $\inpro{f + g}{h} = \inpro{f}{h} + \inpro{g}{h}$ を、最後の行にいくために三角関数の直交性をそれぞれ使った。
蛇足だったかもしれないが、これで明らかになったことと思う。展開系数は対応する関数(ベクトル)との内積で求まるので、ただ単にフーリエ展開の場合の内積を計算しているだけだった、ということだ。初めのほうで言った、「フーリエ展開とは直交関数系での展開のひとつだ」という文も今ではすんなり理解していただけると思う。
注意点
今回は目的を最短経路で達成するために、いくつか省略した議論がある。
フーリエ展開では $\cos 0 = 1$ (定数関数)も不可欠な基底のひとつだが、これは先に定義した内積だと正規基底とはならないことを先程も触れた(ほかの関数と直交はしている)。これのせいで話が破綻するというほどのことではないので放置したが、この問題は $\sin kx$ や $\cos kx$ の代わりに $e^{ikx}$ を基底として使うことで回避できる(複素フーリエ展開)。
話の流れとしてはまったく同じなので、興味がある人は複素フーリエ展開の場合にどうなるかを考えてみるといいだろう。
もう一つの点としては、実際に三角関数の和で考えている関数が展開できるか、というところだ。この問題はさらにふたつにわけることができて、
- 考えている基底は関数を表現するのに十分か?
- 級数の和は収束してくれるか?
のようになる。
ポイント1に関しては、例えば $n$ 次元上の任意のベクトルを直交基底で展開するためには $n$ 個のベクトルが必要になることに対応する。 $n$ 個のうちどれが欠けてもだめだ。
では無限次元のベクトルだったら無限個あればよいのではないか、と思うかもしれないが、それはあまりにもざっくりしすぎている。例えばフーリエ展開の式から定数関数を取り除いたとしても項の数は無限個だが、それでは展開できなくなる関数が出てきてしまう。
気になる人は、「フーリエ展開 完全系」などのキーワードで調べてみるとよい。完全系というのは、考えているベクトルを過不足なく表せる基底ベクトルの組くらいの意味だ。
ポイント2についてだが、これもさまざまな解説がネット上にも出回っているのでそちらに譲るとしよう。「フーリエ展開 収束」などですぐに解説記事にたどり着けるはずだ。
この節のまとめ:
- フーリエ展開はさまざまな波長の三角関数を基底とした直交関数展開
- フーリエ展開の場合の内積の定義は $\inpro{f}{g} = (1 / \pi) \int_{-\pi}^{\pi} f g \ \d x$
- 展開系数は、(他の正規直交系の場合と同じように)関数と基底の内積で $a_k = \inpro{f}{\cos kx}$ のように求まる
おわりに
フーリエ展開を直交関数系での展開として体系だって説明してみた。このように、関数の正規直交性に注目してみると、面白いようにベクトルと同じ議論で進んでいけることがおわかりいただけたと思う。
また、何も三角関数だけが直交関数系ではなく、ルジャンドル多項式や、(量子力学などで出てくる)球面調和関数などもそれである。もちろん、これらの関数系を使ってフーリエ展開と同じように何らかの関数を展開することもできる。
追記(2017.3.30):このネタで発表させていただいた。スライドは以下。
speakerdeck.com
*1:長さが1であることを言いたいので本来なら $\sqrt{\e_k \cdot \e_k}$ が1になることを確認するべきだが、ルートが面倒なので2乗したものが1であることを確認した。ここでは触れていないが、長さ(=自分自身との内積の平方根)には「正定値性」(長さが非負の数になること)が保証されていて、 $\e_k \cdot \e_k = 1$ であれば必ず $\sqrt{\e_k \cdot \e_k} = 1$ である(マイナスは成立しない)ことが言える。
*2:また、「内積 $\inpro{\cdot}{\cdot}$ について、」などという表現が出てくることがあるが、このときの「 $\cdot$ 」は「(いま考えているものと同じ種類のものなら)なんでも入りますよ」というだけの意味なので、戸惑わないように。
*3:複素関数まで含めた内積は通常 $\inpro{f}{g} = \int f^* \ g \ \d x$ のように定義される。片方だけ複素共役をとるのは、自分自身との内積(=長さの2乗)が正の(実)数になってほしいからだ。
*4:内積の定義を $\int_{-\pi}^{\pi} fg \ \d x$ に保ったままで、基底を $(1 / \sqrt{\pi}) \cos x$ 、 $(1 / \sqrt{\pi}) \sin x$ などと定義し直す流派もある。